輝く断片

輝く断片 (奇想コレクション)

輝く断片 (奇想コレクション)

あなたはわたしが必要ですか?


スタージョン・ミステリ傑作選と題され、その名の通り密度の濃いミステリ5篇とコメディ調の3篇からなる短編集。とぼけた味わいのあるコメディ作品も棄てがたい魅力を放っていますが、やはりミステリ作品の魅力というか力強さは圧倒的。ミステリといっても特に密室殺人が出てくるわけでもないし、不可能犯罪に挑む名探偵も出てきません。そこにあるのは、日常の皮をかぶった非日常もしくは非日常を胚胎した日常と言えるような意外性のある設定。その不可思議な日常と非日常の境界の上で高密度な文章が、犯罪にいたる人間の心理、その哀切を映し出し描き出されます。
そういった意味では「犯罪心理小説」「サイコサスペンス」という言い方が解説でもされていますがそちらの方が適切かもしれません。特に最後に収められている三篇「マエストロを殺せ」「ルウェリンの犯罪」「輝く断片」はページをめくるごとに張り詰めるような緊迫感。そして引き絞られるような哀切に打ちのめされます。

例えば表題作である「輝く断片」。雨の夜。一人の男が瀕死の女をひろった。それまで醜い顔、53歳になるまで一人の友達もなく、当然のように童貞で、ただ孤独に与えられた仕事をこなすだけだった人生、誰にも必要とされない人生に現れた”輝く断片”。そして男は医者に行くこともなく、誰にも頼ることなく見よう見まねで手術を行い、その後の世話も全て一人でやっていく。「おれ全部やる」とつぶやきながら。当然のことながらそれはただ彼の一方的なつぶやきにすぎない。ただ、彼は必要として欲しいと思っていただけ、ただ、それはどこまでも思っていただけだった……。

続きは是非お読みになってお確かめください。

そして、これらの諸短編から感じられるのは、そしてスタージョンの作品の多くに、ある時は主題として、ある時は通奏低音として流れる一つの感覚です。それはなかなかに名状しがたいのですが、"need"という感覚なのではないでしょうか。それは人が他者に対して抱く欲求ただそれは「奪う」「欲しい」という能動的で一方的な感のあるものではなく。あなたが必要である。あなたに必要として欲しいという相互的で双方向的な欲求なのではないでしょうか。私的にはそれこそがスタージョンの描くところの「愛」であるし、その高密度な文体によって描かれるものだし、その文体を要求する内的な動機なのだと思います。そしてそれが満たされないとき、不成立に終わるとき、幻として消えるとき、見つけられないときをスタージョンの多くの傑作は書き出したのかもしれないと今感じられます。