新編 江戸の悪霊祓い師

今から300年前、鬼怒川ぞいの小村で14歳の若妻の憑き物をおとし、江戸町民に絶大な人気を博した、エクソシスト祐天上人とは何者か。彼の呪術を最も支持した、江戸城大奥の女たちの心底に澱む不安とは―。ついには浄土宗教団のトップにまで登りつめた、ひとりの悪霊祓い師の虚像と実像をあばき、もうひとつの江戸をとらえる。(裏表紙内容紹介より)

このように書かれるとなにか、道鏡ラスプーチンのような霊力を売り物にして女性の権力者に近づき、その怪しげな力で栄華を欲しいままにするという伝奇小説的な妖怪坊主のようなイメージがわくのではないでしょうか。私も最初そう感じて本書を手に取りました。

しかし、この祐天からはそのような生臭みは感じられません。八犬伝などの日本の近代文学を専門とする著者が、江戸時代に刊行された『死霊解脱物語聞書』などの祐天の活躍をあつかった読み物から描き出すのは、弱い立場に置かれていた女性や子供の魂を救う、一人の霊能者であり高僧祐天の生涯であり、そして怨霊や呪術の背後に存在する、江戸時代の「闇」をめぐる諸要素。閉鎖的な村共同体の倫理。女性や子供が置かれた苛烈な状況。女性と堕胎。当時の江戸における浄土宗教団の立場やその中での呪術をめぐる位置づけを読みやすい文章と史料的な裏付けに支えられたアカデミックな視点から書き出していきます。

特に興味深いのは、祐天のあつかった事件の多くが、後妻や妾をめぐる因縁談であったこと。(醜い妻を殺し後妻を迎えた男のところに、その妻の怨霊があらわれ、男の娘の身体を通じて恨みを訴える話。何人もの妾を孕ませては堕胎を強制していた男のところに、その妾と水子の怨霊が祟る話など)
そしてそれらの怨霊に対して祐天は、まず彼女らが訴える話を聞き、そして退治するのではなくその問題を解決すること(男を反省させる、隠れた真実を暴くなど)を通じて彼女らを「成仏」させるのです。
このような祐天の態度に著者は、女性には「五障十悪」があるとして、女性の救済を怠り差別してきた仏教の本質的な欠落を見て、それを埋める物であったとしており。そこに中世から長く存在してきた民俗宗教的な在野の霊能者達との関連を見ています。そしてその女性に対する救済の視点があったからこそ、大奥を含む多くの女性に支持され、民衆の英雄となり得たのだと。

このように江戸時代の闇の部分を当時の代表的な霊能者の伝記を通じて描き出す、きわめて学問的にも読み物的にも面白い一冊でした。