悪魔の薔薇


悪魔の薔薇 (奇想コレクション)

悪魔の薔薇 (奇想コレクション)


タニス・リーのファンタジーの魅力をあえて乱暴に語るとするなら。一人の人間などをあっさりと置き去りにするような巨大な世界と長大な時間が醸しだす「力」と、それを「美しさ」と「愛」に何の抵抗もなく結びつけてしまう、官能性と華麗な文章と言うところでしょうか。(すべて翻訳されているわけではないし、私もすべて読んでいないのであくまで私が読んだ範囲の印象ということで)
その一つの極地が≪平たい地球≫シリーズであるのはもちろんですが、本作品集に収められた9編からもその魅力は十全に感じることができます。

以下特に印象に残った作品の簡単な感想

「別離」
女吸血鬼の永遠に続く生を彼女に使える従者の老いと死を通じて描き出す。そこで美しくあらわれるのは「愛」というあたりが、実にリーの作品らしくて好きです。

「悪魔の薔薇」

表題作で作者曰く「この作品は私の作品の中でももっとも恐ろしいもののひとつ」だそうですが。確かに恐ろしいけど、まさかこういう方向で恐ろしいとは……。上記のリーの魅力とはちょっとずれるけど、色んな意味で悪意に充ち満ちた嫌な意味でいい作品。


「青い壺の幽霊」
神にも等しい力を持つ魔道師「十の絡繰の主スピュルス」のもとに持ち込まれた死者の魂が封じ込められた青水晶の壺と、彼が執着する美女ルナリアの案外愛の物語。なんといっても、魔道師スピュルスの設定や描写が素晴らしい。不死となり世界に倦む魔道師の退廃。「十の絡繰」の設定。イメージ喚起力抜群の文章によって紡がれる広大なでもどこか箱庭的な世界。10代の頃ヘンなRPGの設定資料集に萌えまくった人間にはいちいちたまらないものがあります。
リーの作品の魅力のひとつに「魔法使い」のかっこよさ。老賢者ではなく、妖魔的悪魔的な魔道師の怪しさがあると言えるなら、その魅力が全面に押し出た作品と言えるでしょう。最後の割と切ないオチもあっていちばん好きな作品です。

ここで紹介しなかった作品も私的には満足がいくものが多く。楽しく読めた短編集でした。それにしても解説を読んでいると未訳の長編が、それも面白そうなヤツがいっぱいあるようです。どこかで翻訳して欲しいなあ。特に大人向けSF・ファンタジー分野への本格デビューになった"The Birthgrave"なんか、国書とか河出とかで出ると面白いと思うけどなあ(いや、もちろんハヤカワFTで出るならそれにこしたことはないですが→FT愛好者のつぶやき)