13人目の探偵士


注意:基本的にある程度ネタバレありで語っていますので、念のため。

こいつはなんともパンクな事件だぜ。被害者も探偵、容疑者も探偵、犯人も探偵、そして、それを追っかける探偵ももちろん探偵。(p.292)

探偵が捜査権を持ちシャーロック・ホームズが実在する現実と少しずれたパラレル英国を舞台に、記憶を失った男、探偵殺し、パンク刑事。
と魅力的な設定と物語が展開していきます。またもともとゲームブックであったところを生かし、複数の可能性を同時に提示していく形式も魅力的です。選択肢があるゲームブックの形式をそのまま取り込み、語り手である記憶を失った男が巻き込まれる事件を、3人の探偵が別々の方法論で推理する物語が並列されています。また、その物語の中でも、語り手は間違った選択肢を選び、ゲームブックならゲームオーバーの状態を経験し、その後なぜか再び物語に復帰する。まるで、いくつものパラレルワールドを経験するように。結果3人の探偵の推理はすべて的外れで、お互いを告発し合い、真相は探偵でないパンク刑事キッド・ピストルズに導かれた、実は探偵であった記憶を失った男のもとにもたらされます。
しかし、その着地点において男は、(量子力学的な)パラレルワールドについて語られ、彼のそれまでの体験(3人の探偵の推理)の2つもしかしたら3つぜんぶがコンピューターによるシミュレーションである可能性を示され、ある種の現実崩壊を体験するところで終劇となります。

さて、ミステリの魅力とは何かと考えたとき、その「謎」の求心力があると思います。
不可解な事件、不可能な死、あり得ない状況。それらが提示されその不可解さに引っ張られ、そしてその最後に、その謎が論理によって切り分けられ解決される。
それまで、不可能犯罪・不可解状況という形で「わからない」状態である世界を、論理という手段によって、「わかる」状態に、日常へと変化させる。それはまるで、不確定の世界を「観測」することによってひとつの世界に確定させるという量子力学の分野の世界認識のようでもあります。もちろんこの特権的な「観測者」が「探偵」であることは論を待ちません。
謎という言葉が含む様々な可能性を真相という言葉が示すひとつの真実に確定させる装置と探偵を呼ぶことができるかもしれません。
しかし本作においては、まず探偵が社会の中に実在し、探偵が殺される殺人事件が起こり、それを別の探偵達が捜査し、そして結局その犯人も探偵であるという探偵づくしの事件です。犯人自身が探偵であったために、彼は被害者と見なされ終劇の現実崩壊感覚は、シミュレーションやパラレルワールドいうSF設定やだけではなく、それよりもむしろ、探偵が探偵でなくなる。真実を確定させる特権的な存在である探偵が、その特権的な地位を剥奪され、物語のひとつの駒としての存在でしか無くなってしまう。そのとき我々読者は、浮遊したままの謎の内に、確定されない世界の中で、迷うのかもしれません。