ブラッド・プライス


ブラッド・プライス―血の召喚 (ハヤカワ文庫FT)

ブラッド・プライス―血の召喚 (ハヤカワ文庫FT)


カナダの売れっ子作家による。サスペンス・ハードボイルドファンタジー(?) 

やっぱりファンタジーファンとしては、しっかりハヤカワ文庫FTは押さえないとなあ。といういささか不純な動機からでしたが、予想以上におもしろく、かなり楽しめました。
以下普通にネタバレなので注意。まあそれほどネタバレして困る作品でもないのですが

トロントで発生した、連続殺人。被害者はのどを切り裂かれ、血を吸い取られていた。
トロント警察殺人課の現私立探偵、ヴィッキー・ネルソンは、被害者の恋人から依頼を受け、調査を開始する。

という、かなりベタなサスペンス・ハードボイルドな導入から、当然FTなので吸血鬼が出てきたり……

ストリー自体にもそれほどの驚きはなく、実は犯人は何ものかによって召還された「魔物」であり、それを阻止しないと魔王が召還されて…… と王道といえば王道。
でも、さすが売れっ子作家というべきか、キャラクター造形の上手さや、会話のおもしろさ、タイミング良く主人公以外の視点を導入する上手なストーリー回しによって、その王道が引き立ち、エンターテイメントとして最後まで、楽しい読書ができる秀作でしょう。

私的には、主人公のヴィッキーがメガネ美人であることやら、中盤から登場して、主人公と協力する吸血鬼で450年前のイングランド国王ヘンリー八世の庶子ヘンリーのこれまた実にベタな吸血鬼人生とかがツボだったりしましたが、
一番は、魔物の召喚者、つまり犯人ノーマン君です。

彼がなぜ魔物を生み出し、殺人を犯したのか。理由はひとつ モテないからです。オタクとさげすまれるからです。女子に笑われるからです。世界が優しくないからです。

彼の非モテっぷりを少々


誰も彼もがいつもぼくを笑うんだ。最後に笑ったやつは、野球選手に選ばれた。他の子とまったくおんなじ服なんか絶対着てやるもんか。あいつらはぼくが満点をとってさえ笑うんだ。実際にあったことを包み隠さず他の子たちに言うのはやめていた。Aプラスを取ったレポートとか、先生方から補助教材に採用されたプロジェクトとか。科学フェアで三年連続して一等賞を取ったこととか、週末に『戦争と平和』を読破したこととか。
彼の戦果にあいつらはこれっぽっちも興味を示さなかった。いつも笑っていた。
ちょうど、彼女が笑ったように。(p. 219)

これまでに自分を笑ったやつの代表格がコリーンだった。フットボール選手には大股を開くくせに、彼には見向きもしなかった女どもの代表。おまえなんかこの世にいないと言わんばかりに押しのけていくスポーツ野郎どもの代表。(p.280-1)


ああ、非モテ言説を引用しているとなぜこんなに楽しいのだろうか、そしてなぜこんなに痛いのだろうか……

とまあ、冥府魔道に落ちた非モテの切なさも楽しめますよと(それでいいのか、というところは問わない方向で)


本作は五部作の第一作ということで、続きの翻訳が待たれるところです。